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スイスのルツェルンというところに旅行をしていた時のこと。


洋服屋さんにふらっと入って、気になる服があったので少し持ち上げてみたあとにきちんと畳んで元の場所に置いた。


すると、おそらく60代ぐらいの女性の店員が、私が何か悪いことをしたかのように物凄い形相をして大股でやってきて、その完璧に畳まれてはいない服と私を交互に見ながら”Oh my god”といった類のことを小さく、でも確かに聞こえるように漏らした。


そこは特別高級なブランド店でもないし、とりあげた服を戻すときもなるべく綺麗にたたみ直したのにもかかわらず、だ。


あるいはもしかしたらこの出来事だけなら私に非はないという確信は100%は持てなかったかもしれない。


しかしその店員は、何故か私が入店した時から物凄い形相で私を睨みつけていたのだ。


これらの出来事から、店員が私に冷たいのは私がアジア人だからだと思った。単純にお店に入ってほしくなかったのだろうし、適当な理由をつけて早くお店から出て行って欲しかったのだろう。おそらくルツェルンがアジア人観光客に慣れていないせいもある。


とにかくその店員があまりにもヒステリックな様子だったので、悲しみよりも戸惑いという感情が先行して反射的にお店を出た。しかしあとからじわじわと、悲しみと理不尽な出来事に対する憤りがこみ上げてきて、涙を堪えるのに必死になっている自分がいた。


加えて悲しかったのは、その人の他にもう1人店員がいたのにも関わらず、起こっていることに全く気づかずに最後まで愛想よく私に接し続けていたということだ。


この話で私が主張したいことは、日本の外に一旦出てしまえばたちまちマイノリティになり、差別も当たり前に起こることを認識してほしいということ。それから、身近で起こっている差別に敏感になり、すぐさまNoと言える強さを持ってほしいということ。


不寛容や無理解から起こる理不尽な差別が少しでもなくなることを願っている。



by MN

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